猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者。

Souvenir de confiture en France #2

〜太陽王が愛した菜園のジャム〜

ヴェルサイユと聞けば、真っ先に思い出すのは なんといってもヴェルサイユ宮殿。パリから高速地下鉄で約45分、イヴリーヌ県の県庁所在地でもあるヴェルサイユは、1589年から始まるブルボン王朝の実質的な都として栄えた。その数多の王のなかでも、ことに有名なのが〝太陽王〟と謳われた、ルイ14世。
彼が命じて造らせた《Potager du Roi –王の菜園》が、宮殿からほど近い街の中にあることは、意外と知られていない。1683年、農学者で造園家のジャン=バチスト・ラ・カンティニーは、ルイ14世の大好物だったアスパラガスやグリーンピース、そしていちごなどを安定供給すべく、この農園の指揮を委ねられる。しかし、今とは違って、旬以外の時期にこれらの作物を採ることは、どれだけ大変だっただろう。カンティニーは、過労が祟ったのか、若くして没している。涙!しかし、その功績により王から貴族の称号を与えられた。
当時、王も食べていた《キャプロン・ロワイヤル》という、いちごの原種を復活させるなど、この菜園は、フランスの貴重な農学研究の場にもなっている。いちごが好き過ぎて、食べ過ぎた王が病気になった……という逸話を聞くと、太陽王がなんだか可愛らしい、身近な存在に思えてくる。
隣接する菜園の小さなショップでは、この畑で採れた旬の果物を使ったジャムも売っている。カフィア・ライム(こぶみかん)の葉とりんごを組み合わせたジャムをひと瓶、私はパリのアパルトマンへ持ち帰った。その小さな瓶の中には、ヴェルサイユが栄華を極めた時代のDNAが入っている…と想像するだけで、朝食のパンの上に、果てしない歴史のロマンが広がるような気がした。

猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者。2002年より渡仏。東京とパリを行き来しながら、フランス文化に特化した活動を幅広く展開する。音楽分野ではEmi Necozawa & Sphinx名義でのバンド活動のほか、映画音楽監督なども。著書『フランスの更紗手帖』ほか多数。